あの日あの時 (11月 27日)

皇太子妃に民間出身の正田美智子さん決まる。1958年(昭和33年)
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。皇太子妃が正田美智子さんに決まりました……」
皇太子時代の天皇陛下のご結婚相手に、民間出身で日清製粉社長の長女、正田美智子さん(24)が決まった。午前10時に皇居で開かれた皇室会議で議長の岸首相ら10議員が満場一致で賛成し、午前11時30分、世紀の発表がラジオ、テレビから列島中に流された。
同じころ、宮内庁講堂では赤じゅうたんを踏んだ黒背広の宇佐美宮内庁長官が、静かな口調でご婚約の経緯を語り出していた。
第125代の皇后となる美智子さんは、父母に付き添われて午後からの記者会見に臨んだ。以下、会見での一問一答である。
――陛下の第一印象はいかがでしたか。
「とても清潔な方だと思いました」
――テニスは殿下とどちらがお強いのですか。
「それは殿下のほうがお強うございます」
――殿下のどんなところに魅力をお感じになりましたか。
「ご清潔で立派な方で、尊敬できる方だと思います」
未来の国母は、終始落ち着いた態度で微笑をたたえながらも、ゆっくり、しかもはっきりとした口調で記者の質問に答えた。美貌からにじみ出る気品と才気。しかも強い意志を内に秘め、清楚さの中に包み込んでいる。名は体を表すというが、「美しく賢かれ」と父が願い名付けたとおりの姿がそこにはあった。
皇太子殿下は、会見の様子を伝えるテレビ中継を緊張してご覧になっていたという。その同じテレビの画面を列島中の何百万という国民が見つめていた。「世紀のご成婚」に国民は新しい時代の息吹を感じた。翌年4月10日、皇居での結婚式を終えたご夫妻は、東宮仮御所までの8.8キロを馬車でパレードされた。一糸乱れず進む馬の隊列。沿道を53万人が埋め尽くし、熱気があふれた。
国民を熱狂させたご成婚から半世紀が過ぎた。「金婚の日」の今年4月10日を前にした記者会見で、天皇陛下は「私が皇太子として、また天皇として務めを果たしていく上で大きな支えとなってくれました」と皇后さまをねぎらわれた。皇后さまも「50年の道のりは長く、時に険しくございました」と往時を振り返った。
穏やかな表情で見つめ合い、互いにお辞儀を繰り返すお二人。国民が目にしたのは、比翼の鳥、連理の枝とも言うべきお姿である。時を経て輝き続ける理想の夫婦だと思うのは、筆者だけではないはずだ。(治)
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。皇太子妃が正田美智子さんに決まりました……」
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